一覧へ戻る

植物

Plant

  • 植物

4/20 2020

毒をもち、性転換し、昆虫をあざむく! 「マムシグサ」の仲間のすごいヒミツ

独特の形で知られる「マムシグサ」の仲間。 2020年に「有毒!注意!危険植物大図鑑」を執筆した保谷彰彦さんが、知られざる3つの特徴を解説します。
 
 
「マムシグサ」をはじめとするテンナンショウ属植物は独特な姿をしています。人によっては不気味さを感じるかもしれませんが、印象に強く残るためか、一度目にすれば、忘れられない植物です。姿だけではなく、その暮らしぶりにも驚かされます。この記事では、3つのヒミツからテンナンショウ属植物の魅力に迫ります。その3つとは、毒をもつ、性転換する、昆虫をあざむくというものです。

テンナンショウ属植物の種類と特徴 〜花は特殊な葉の中にある!〜

ムサシアブミ(サトイモ科テンナンショウ属)

ウラシマソウ(サトイモ科テンナンショウ属)

「マムシグサ」の仲間は、サトイモ科テンナンショウ属の植物です。サトイモ科の植物には、サトイモやコンニャク、ミズバショウなど、なじみのある植物が多く含まれます。テンナンショウ属の植物は、日本には30種以上が分布するとされています。しかし、種名や分類は必ずしも明確になっていない部分があり、テンナンショウ属植物を「マムシグサ」と総称する場合もあります。この記事では「マムシグサ」の仲間やその近縁種をまとめて、テンナンショウ属植物として紹介します。
 
テンナンショウ属植物は多年草です。ふつうは雄花をつける雄株(おかぶ雌花をつける雌株(めかぶ)があります。春先に地面からタケノコのように新芽が伸びてきます。その新芽は、球茎から伸びていて、丈夫な鱗片葉(りんぺんよう)という葉に包まれています。この鱗片葉に守られるように、地上部は成長していくのです。

ミミガタテンナンショウ(サトイモ科テンナンショウ属)の仏炎苞と付属体の位置

春から初夏にかけて花が咲きますが、その花は外からは見えません。なぜなら花は仏炎苞(ぶつえんほう)という、特殊な葉に包まれているからです。
仏炎苞は筒状ですが、その上部にはフタのような部分があります。仏炎苞の中には1本の軸があり、上部を付属体といい、下部には花の集まりである花序(かじょ)があります。花序には小さな花が密についています。花序に雄花がついてれば雄株、雌花がついてれば雌株です。仏炎苞の中を覗いてみると、雄花には雄しべだけがあり、雌花には雌しべだけがありますが、どちらにも花弁とがく片がありません。軸の上部にある付属体の形は、種ごとに異なります。棍棒状のものや、糸状のものなどがあり、種を見わける際のポイントの1つとなります。
 
ところで、マムシグサという和名の由来には諸説あるようです。広く知られているのは、茎(正式には偽茎といいます)の表面の模様が毒蛇マムシの模様と似ているというものです。他にも、新芽の姿がマムシの尻尾を立てた様子に似ているという説や、仏炎苞の姿がかま首をもたげているマムシを連想させるからという説などもあります。

ヒミツ① 毒をもつ!危険な「マムシグサ」の仲間 ~有毒成分はシュウ酸カルシウムの針状結晶~

「マムシグサ」の仲間は一般に強い有毒植物です。有毒成分はシュウ酸カルシウムの針状結晶で、根や茎、葉、果実など全体に含まれます。特に芋と果実は要注意です。この植物には、しっかりとした芋や赤く熟した果実ができます。どちらも、美味しそうにみえるかもしれませんが、食べたら大変です。
というのも、芋や果実には、有毒成分であるシュウ酸カルシウムの針状結晶が多量に含まれているからです。この結晶は微細な針のようなものをイメージしてもらうとわかりやすいかと思います。もし芋や果実を口にすれば、口内にたくさんの針状の結晶が突き刺さり、数時間も続くような、激しい痛みに襲われることになるのです。筆者はどちらかというと慎重なので試したことがありませんが、知人から「試しに食べてみたら、口の中が痛くて大変だった」と教えてもらったことがあります。また、新葉を山菜のウドと間違えることもあるので、葉についてもやはり注意が必要です。
 
ちなみに、テンナンショウ属以外でも、サトイモ科にはシュウ酸カルシウムをもつ植物が多く知られています。例えば、コンニャクやサトイモなどは食用としますが、芋に含まれるシュウ酸カルシウムが、いわゆるえぐ味の主な原因となり、生で食べることができません。他にも、ミズバショウやクワズイモ、園芸用のスパティフィラムなどもシュウ酸カルシウムを含んでいるので、口にしないように注意しましょう。

ミミガタテンナンショウの果実

ヒミツ② 性転換する!~決め手は芋のサイズ~

テンナンショウ属植物には、驚くような特徴があります。それは「性転換」するということです。性転換というのは、ある年に雄株だった個体が、翌年には雌株へ変化する現象です。逆に、雌株から雄株へ戻ることもあります。つまり、テンナンショウ属植物では、同じ個体が雄から雌へ、あるいは雌から雄へと年によって変化するのです。

テンナンショウ属植物が性転換するという現象は、日本とアメリカの研究者がそれぞれ独立に発見しました。1920年代のことです。この植物が古くから関心を集めてきたことがわかります。
 
ここでは、具体的にどのように性転換するのか、1つの個体に注目してみてみましょう。まず、最初の数年は葉を広げますが、花をつけません。いわゆる無性個体です。成長して体が大きくなると雄株になります。さらに大きく育つと、その個体は雌株へと変化します。面白いことに、雌株の成長があまり良くないと、翌年に雄株に戻ってしまうことがあります。
 
さて、このような性転換はどのようにして生じるのでしょうか? 
この性転換には、芋(※球茎)のサイズや個体の栄養状態が深く関わっています。簡単に言えば、球茎のサイズが小さい時には雄株、大きくなると雌株になるのです。球茎サイズがごく小さい時期は、花をつけない無性個体です。テンナンショウ属植物の芋は地下茎の一種で、球茎と呼ばれます。)
雌株は種子をつけるので、雄株よりも多くの栄養やエネルギーを必要とします。球茎サイズが大きいと雌株になるというのは、理にかなっていると考えられます。また球茎が傷ついたり、光合成がうまくいかずに、栄養を十分に蓄えられないと、翌年には再び雄株に戻ってしまうのです。

ミミガタテンナンショウの付属体(雌株)

ヒミツ③ 昆虫をあざむく!受粉のしくみ ~犠牲になる昆虫の命~

仏炎苞の中にある昆虫をあざむく仕掛けは、どこか残酷にも感じられるかもしれません。
テンナンショウ属植物の花粉の運び手(ポリネーター)として活躍するのは、主にキノコバエの仲間とされます。仏炎苞のフタのような部分を手で持ち上げると、付属体と仏炎苞の間にすき間が見えます。そのすき間こそが、キノコバエが迷い込む入口です。

雄花と雌花

キノコバエの仲間はそこから仏炎苞の内部へと入り、下へ下へと移動します。雄株に入り込んだ場合には、そこに雄花が咲いています。雄花をつけた花序と仏炎苞のすき間は狭く、キノコバエは限られたスペースを飛んだり、花の上を歩き回ったりして、出口を求めて動き回ります。この時、雄花の上を移動するので、キノコバエの体は花粉まみれになります。では、出口はどこにあるのでしょうか? 
 出口は仏炎苞の下部にあります。軸の下部は花序になっていて花が咲いていますが、上部では軸が太くなり付属体になっています。この付属体と花序の間は、キノコバエにとって足場がなく、しかも仏炎苞の内側はツルツルしているため、キノコバエは仏炎苞の上部へと移動することができません。つまり入口部分からは脱出できない仕掛けになっているのです。出口は仏炎苞の合わせ目の部分にできた小さな穴です。脱出できたキノコバエは、これでひと安心というところかもしれません。

ミミガタテンナンショウ雄株の脱出口


体に花粉をつけたキノコバエは、再び他の個体の仏炎苞へと向かいます。
次に入り込むのが雌株だった場合をみてみましょう。入口の構造は雄株と同じ。キノコバエは仏炎苞の内部へと向かいます。花序には雌花が咲いています。体に花粉をつけたキノコバエが、雌花の上を移動する際に、雌しべに花粉が付着して受粉成功です! やがて果実が実ることでしょう。さて、受粉に貢献したキノコバエは、再び脱出できるのでしょうか?
 
なんと、雌株からは、ふつう脱出できないようなのです。仏炎苞の内部の構造は雄株と同じなので、入口から脱出することはできません。さらに、雄株にみられた小さな穴が雌株にはありません。脱出できなくなったキノコバエたちは、仏炎苞の中で命が尽きていきます。花の時期が終わるころに仏炎苞をそっと開いてみましょう。そこにはキノコバエの死体がたまっていて、脱出できなかったことがわかります。テンナンショウ属植物はキノコバエの命を犠牲にして受粉しているというわけです。

マムシグサのオスとメス

ところで、キノコバエが仏炎苞の中に入り込むのは、なぜでしょうか? 
付属体から出る何らかの匂いに、キノコバエが集まってくるという報告があります。仏炎苞の内部が暖かくなっているとか、交尾の場になっているといった説もあります。実際にはよくわかっていないようです。
 
昆虫をあざむいて、受粉に利用する植物は、他にもいろいろなパターンが知られています。例えば、ビーオーキッドとして知られるランの仲間では、花がポリネーターのメスと似ています。ポリネーターのオスは、ビーオーキッドの花をメスと勘違いして交尾をしようと、花の上で動きます。このとき、ポリネーターの体に花粉が付着するという仕掛けです。タマノカンアオイがキノコと似た匂いをだして、ポリネーターであるキノコバエをあざむくことも知られています。花とポリネーターとの関係は、お互いに得するばかりではないというわけです。
 
テンナンショウ属植物は日本各地に分布しています。春から初夏にかけては花期となり、立派な、しかしどこか不気味な仏炎苞が現れます。仏炎苞に隠されたヒミツを確認してみてはいかがでしょうか。でも味見は厳禁です。
 
 
主な参考資料

河野昭一監修(1988)『植物の世界 2号』(教育社)

Author Profile

保谷 彰彦

東京大学大学院博士課程修了。博士(学術)。サイエンスライター。専門はタンポポの進化や生態。農業環境技術研究所、国立科学博物館植物研究部でのタンポポ研究を経て、企画と執筆の「たんぽぽ工房」を設立。現在、文筆業の他に大学で生物学の講義などもしている。著書に『タンポポハンドブック』(文一総合出版)、『わたしのタンポポ研究』(さ・え・ら書房)、『身近な草花「雑草」のヒミツ』(誠文堂新光社)など。新刊『有毒!注意!危険植物大図鑑』(あかね書房)発売中。
http://www.hoyatanpopo.com

このページの上に戻る
  • instagram